艦これSS「大攻勢」
「蒸し暑いわね、まったく」
照りつく日の下で、ビスマルクは忌々しげに呟きを漏らした。
祖国ドイツよりもニホンの夏は暑く、湿気が多い。
初春に来日を果たしたビスマルクにとっては初めての、かつ最大の日本に対する不満といえるかもしれない。
ビスマルクは汗に塗れた軍帽を直し、それからブリーフィングルームへ向かった。
8月6日。この日、提督は艦娘達を集めて正式の軍議を開いた。
出動である。ついに北太平洋へ進行し、MI島を攻略する日がやって来た。
提督は立ち上がると、一座をぐるりと見渡した。
「これから編成を伝える。ビスマルク、第三艦隊を率い、北方AL方面へ向かってくれ。
速やかに同海域の制海権を確保し、北方港湾基地を攻略するんだ」
「了解」
「攻撃開始と同時に本隊は東へ進む。
第一艦隊、第二艦隊をもって連合艦隊とし、MI島を奪って北太平洋への橋頭保とする」
「機動部隊の護衛は金剛さんと榛名さんですか。
提督、大和は出撃しなくてよいのですか?」
残念そうな大和の問いに、提督は苦笑いを浮かべながら、頷き返した。
「正式空母の護衛には同等以上の機動性を有する高速艦が適切だからね。
大和、長門、扶桑には後詰として鎮守府に待機してもらう。
戦力の逐次投入は避けたいところだが、AL方面とMI方面の戦況を踏まえて派遣先を決めたいと思う」
「我々の攻勢に乗じて手薄となった南方海域で深海棲艦が暴れ出さないとも限らないからな。
主力を一つの海域に初戦から投入するのは避けたほうが良いだろう」
長門が腕を組みながら言う。それで他の艦娘達も納得したようだった。
「そういう訳だ。すまんな、大和」
「あ、い、いえ、了解しました」
「大和には悪いですけど、この大任は譲れないネー」
金剛の言葉に榛名も同意するように頷いている。
「本隊の先鋒は神通、羽黒。
MI島の守備隊だけでなく、北太平洋の機動部隊も出てくるだろう。
その場合、敵機動部隊を撃退した後、MI島の攻略に取り掛かればいい。頼むぞ、赤城」
「分かりました。お任せください」
赤城の口調はいつにも増して気合いが入っていた。
かつての大戦で、赤城ら機動部隊が壊滅したミッドウェー海戦が再び演じられようとしているのだ。
その為に、赤城や加賀らは航空隊の錬成に注力し、神通や羽黒との連携を欠かさなかった。
敵機動部隊との交戦を想定し、翔鶴や隼鷹との交戦演習も反吐が出るほど繰り返してきた。
その成果が、今、結実しようとしている。
「作戦開始は8月8日。
各隊、速やかに出撃準備に取り掛かってくれ。
この作戦が成功すれば、いまだ未開の北太平洋への道が開く。
深海棲艦との戦いを次の段階に進めるためにも、各員の健闘に期待する」
それから、細かい作戦の取り決めが話された。
各艦隊の編成、燃料や弾薬の配分も細かく定められた。
2日後、ビスマルクは第三艦隊を率いて北方AL方面へと進発した。
艦隊旗艦はビスマルク、補佐は日向。中核は隼鷹と飛鷹の二隻の軽空母。
護衛となる水雷戦隊は麻耶、筑摩、那珂、大井、雪風、天津風、陽炎で構成されている。
ビスマルク、隼鷹を除けば、MI作戦に投入予定の艦娘に比べて一段、練度に劣る面子ではあった。
それでも鎮守府で錬成中の山城や瑞鶴といった若手の艦娘に比べればマシだ。実戦の経験も積んでいる。
真夏にも関わらず、北方AL方面は濃い霧が立ち込め、雪や氷が積もっていた。
かつて、ビスマルクが調練の場として利用していたキス島もこのあたりにある。
地の利は深海棲艦側にあるかもしれないが、ビスマルクにも慣れた戦場に違いなかった。
「ニホンの夏の暑さには正直、うんざりしていたの。ここは涼しくて避暑には丁度いいわ」
そう嘯いていたビスマルクだったが、深海棲艦との交戦が始まると顔色が変わった。
敵は艦隊決戦を避け、濃霧と狭い地形を利用して散発的に第三艦隊へ攻撃を仕掛けてきたのだ。
北方AL方面艦隊は決して多数とはいえず、高性能な深海棲艦が配備されている訳ではない。
それが地形を利用して巧く立ち回りながら、一人の艦娘に砲火を集中し、大破に追い込むことで第三艦隊の侵攻を阻んでいた。
数度目の作戦失敗の報告に、ビスマルクは苛立たしげに軍靴を踏み鳴らした。
「落ち着け、ビスマルク。お里が知れるぞ」
「分かってるわよ」
落ち着いた口調で窘める日向に、ビスマルクは鼻を鳴らし、腕を組んだ。
そこへボロボロになった隼鷹が頭を掻きながら姿を現した。
「いやぁ、参ったねぇ。敵の防衛線、思った以上に厳しいわ」
「どうする?このまま無理攻めをし続ければ、悪戯に被害が増すだけだぞ」
「日向の意見は?」
「我らの目的は陽動だ。何も無理に攻め続けることはない。
守りを固め、じっくりと敵艦隊を釘付けにしてはどうか」
日向の意見にも一理ある。
だが、初めから守勢に回って良いのか。
ビスマルクが考え込んでいると、隼鷹が手を上げた。
「なぁ、あたしが喋ってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
隼鷹は髪を掻いていた手を止め、真剣な表情を浮かべた。
「連中のやり方は艦隊の撃破じゃなく、撃退を狙ったものだ。
こちらを撤退に追い込むことで、港湾基地に寄せ付けないようにしている」
「それは分かっているわ」
「敵はあたしらの攻めを今の戦力で撃退できている。
ここで守勢に転じたら、それこそ敵は援軍を差し向ける必要性はないと考えるんじゃないかな」
「つまり、攻撃を?」
「それも徹底的に、ね。奴らに防御を立て直す暇も与えないぐらいにだ。
深海棲艦の目をこちらに引き付けておくためには、奴らの思惑以上に攻め続けなきゃね」
隼鷹の言葉にビスマルクはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「攻めましょう。
敵の狙いが時間稼ぎなら、一秒でも早く港湾基地を攻略したほうが良いと思う。
ここで半端な攻撃を繰り返すのも、対峙して時間を費やすのも状況の好転にはつながらない。
正面から私と日向が敵の注意を引き付ける。
その間に隼鷹は主力を率いて別ルートから敵基地を強襲。
一撃で相手の防御を打ち砕く。
その気概をもって事に当たることにしましょう」
「いいねぇ、盛大にやってやろうじゃんか」
「日向もいいかしら?」
「指揮権を持つビスマルクがそう決めたのだ。
私も全力を尽くすとしよう」
「ありがとう」
日向と笑みを交わし、ビスマルクは席を立った。
作戦目標の港湾基地がある方角を睨み付け、腕を組む。
「さて、このビスマルクにどれ程の戦いができるか。
あの小娘に思い知らせてやりましょうか」
*
――同日。北太平洋、洋上。
「周囲に敵影なし。異常ありません」
「分かりました。引き続き、索敵を怠らないようにお願いします」
「了解しました」
距離を取って警戒態勢で進みながら、赤城は加賀との通信を終えた。
空は青く澄み渡っている。多少、波は高いが進軍に支障はない。
赤城率いる第一艦隊と羽黒率いる第二艦隊は共に東進し、一路、MI島へ向かっていた。
今の所、問題は何も起きていない。だが、赤城は決して気を緩めなかった。
赤城だけではない。加賀や二航戦の二人も同じ気持ちだ。
かつての大戦で、南雲機動部隊が壊滅した要因の一つが慢心だった。
敵に対する見通しの甘さ、状況に対する対応の遅さ、そして判断ミス。
同じ轍は決して、二度と踏みはしない。
その決意と後悔を胸に抱き、赤城は掌を握りしめた。
「敵前衛艦隊を発見。位置情報、送ります」
「敵偵察機と触接。敵機来襲の恐れあり」
蒼龍と飛龍から同時に入電が入る。
赤城は緊張した面持ちで、弓に矢をつがえた。
「総員、第三警戒航行序列へ移行。対空戦闘用意」
赤城の指示に従い、速度を維持したまま、艦隊の陣形が変わっていく。
輪形陣と同様に円陣を組み、赤城ら空母はその中心に位置する。
更に、それを包囲するように第二艦隊が壁を作る。
「制空権は私が抑えます。任せておいて」
「頼みます、加賀さん」
返答の代わりに加賀が空中に放った矢は、無数の戦闘機へと変貌した。
烈風改。現在最高の空戦能力を誇る"烈風"を徹底的にカスタマイズした機体だ。
加賀は偵察機"彩雲"を除けば全て艦上戦闘機しか積んでいない。
防空戦闘に専念するこの役割を加賀は自ら進んで引き受けてくれたのだ。
赤城らも次々と艦載機を飛ばし、即座に空中集合を終えると、敵艦隊へと飛翔させた。
共有された敵艦隊の発見位置へ向かう途中、無数の飛行物体が遮るようにこちらへ向かってきた。
間違いなく、深海棲艦の艦載機群だった。
その中に、魚のようなフォルムを持つ従来機だけでなく、白いボールのような独特な機体が混じっていることに赤城は気づいた。
先鋭的で機械然とした従来機に比べ、丸っこくどこか愛嬌すらも感じられるが、その口に当たる個所には鮫のように鋭く尖った無数の歯が醜悪に蠢いている。
「敵の新型機ね。望むところです」
同じく新型機に気づいた加賀が自信と緊張に満ちた声を上げる。
次の瞬間、互いの艦載機群がぶつかり合った。
空中に火花が飛び交い、爆炎を立て続けに噴き上げる。
赤城はほっとした。
いかに新型とはいえ、烈風を遥かに凌駕する性能という訳ではなさそうだ。
こちらの艦載機はほとんど無傷で、逆にこちらの攻撃を掻い潜った艦載機は数えるほどだ。
それを掻い潜った敵機も、護衛の第二艦隊の対空射撃によって粉々に粉砕されていく。
「赤城さんっ」
「了解、全機攻撃開始」
加賀の期待に応じるように赤城、飛龍、蒼龍の艦載機が敵艦隊に爆撃を開始する。
海上に水柱がいくつも吹き上がり、装甲の薄い駆逐艦や軽空母を粉々にしていく。
流石に戦艦や空母ヲ級を撃沈するには至らないが、敵の航空戦力と護衛戦力はズタズタに引き裂いた。
「敵前衛に構わず、このまま直進します。
みんな、気を引き締めていきましょう」
内心の高揚を抑え、赤城は前方を見据えた。
初戦には勝利したが、すぐに次の防御陣が出てくるだろう。
本当の戦いはこれから始まるのだ。